相場が動いた日

スイスフランショック(2015年):自動売買が一瞬で焼けた日

自動売買のリスクを語るとき、避けて通れない日があります。2015年1月15日、スイスフランショックです。この日は「損切りを置いていれば安全」という思い込みが、なぜ通用しないことがあるのかを、市場全体に突きつけました。10年近く経ったいまでも、リスク管理の教材として語り継がれています。

何が起きたのか

当時スイス国立銀行(SNB)は、自国通貨スイスフランの過度な上昇を抑えるため、「EUR/CHFを1.20より下げさせない」という**為替の下限(フロア)**を約3年半にわたって守っていました。市場参加者はこれを前提に取引しており、「1.20の壁があるから安全」という感覚が広がっていました。

ところがこの日、SNBは予告なくフロアの撤廃を発表します。支えを失ったEUR/CHFは、わずか数分で急落。スイスフランは主要通貨に対して一時20〜30%も急騰しました。為替市場において、数分でこれほど動くというのは、通常では考えられない異常事態でした。

多くの市場参加者は「まさか中央銀行が自ら約束を破るとは」と考えていました。しかし相場では、「まさか」は起こるのです。

なぜ「損切り」が助けにならなかったのか

多くのトレーダーやEAは、当然ながら損切り注文を置いていました。それでも被害が甚大だったのは、値が飛びすぎて、置いていた価格で約定できなかったからです。

相場が一瞬で数百〜数千pips飛ぶと、注文は「その価格」ではなく「次に約定できる価格」まで滑ります。これをスリッページと呼びます。平常時は数pips程度で済むスリッページが、この日は桁違いに拡大しました。

その結果、何が起きたか。

  • 損切りが想定価格の何倍も不利な位置で約定した
  • 証拠金を超えるマイナス(追証・借金)を負ったトレーダーが続出した
  • FX業者そのものが破綻・経営難に追い込まれた。イギリスの業者アルパリUKは破綻を表明し、大手FXCMは巨額の追加資本を受けて何とか生き延びた
  • 顧客のマイナス残高を業者が回収できず、連鎖的に損失が広がった

淡々とルール通りに動くだけのEAにとって、これは最悪の状況でした。「止まる」という判断を持たない自動売買は、この数分間に逃げ場がなかったのです。ポジションを持っていたEAは、意思を持たないまま、あるいは無防備なまま、その渦に飲み込まれました。

この事件が特別だった理由

急変相場は珍しくありません。しかしスイスフランショックが今も語られるのは、次の点で「例外的」だったからです。

  1. 中央銀行が自らの約束を破った——最も信頼されるはずの主体が、想定を裏切った
  2. 一方向にしか動かなかった——買い手が消え、売るに売れない状態が続いた
  3. 業者まで巻き込んだ——個人だけでなく、市場インフラそのものが揺らいだ

つまり、「損切りを置く」「レバレッジを抑える」といった通常の対策だけでは防ぎきれない種類のリスクが、現実に起こり得ることを証明したのです。

運用者が学ぶべきこと

スイスフランショックは特殊な事件ですが、教訓は普遍的です。自動売買を運用する人が持っておくべき視点をまとめます。

  • 急変時は損切りが機能しないことがある。「ストップがあるから安全」は過信です
  • 一撃で退場しうるリスクを常に想定し、ロットと資金に余裕を持つ。レバレッジを抑えることは、平常時には地味でも、非常時に生死を分けます
  • 危険が高まる局面では、そもそも張らない・止めるという選択が、最大の防御になりうる
  • 一つの通貨ペア・一つの戦略に資金を集中させない。分散はすべてのリスクを消せませんが、致命傷を避ける助けにはなります

よくある疑問

Q. こんな事件はもう起きない? A. 同じ形とは限りませんが、中央銀行の政策転換や地政学イベントで為替が急変することは、その後も繰り返し起きています。「二度と起きない」と考えるのは危険です。

Q. 損切りを置く意味はないの? A. あります。多くの場面で損切りは有効です。ただ「万能ではない」ことを理解し、それ以外の防御(ロット管理・レバレッジ・張らない判断)と組み合わせることが重要です。

「止める」という発想へ

私たちが DaVinci Alpha で「EAが撃つ、AIが見張る」という役割分担を置いているのは、まさにこの種のリスクを意識してのことです。撃ち続けることより、危険な時間に手を止められることのほうが、長く生き残るうえで重要だと考えています。

スイスフランショックのような瞬間に、すべてを防ぐことは誰にもできません。しかし「危険なときは張らない」という設計は、致命傷の確率を下げる現実的な備えになります(関連: なぜ多くのFX自動売買は退場するのか)。


※ 本記事は過去の市場イベントの振り返りであり、特定の投資判断を助言するものではありません。FXおよび自動売買には損失が生じる可能性があります。将来同種の変動が起きないことを保証するものでもありません。

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